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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1626号 判決

原告

結城こと金忠弘

被告

雪印乳業株式会社

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金六四七、〇〇〇円およびうち金五八七、〇〇〇円に対する昭和四四年八月二四日から、うち金六〇、〇〇〇円に対する昭和四五年四月一四日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決のうち第一項はかりに執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金五、七九六、〇〇〇円およびうち金五、六四六、〇〇〇円に対する昭和四四年八月二四日から、うち金一五〇、〇〇〇円に対する昭和四五年四月一四日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二請求の原因

一  事故

原告は、つぎの交通事故により傷害および物損を被つた。

(一)  日時 昭和四四年八月二三日午前六時一五分ころ

(二)  場所 大阪市西成区津守町東九丁目六〇番地先交差点入口手前

(三)  加害車 大型貨物自動車(泉一あ一四七七号)

右運転者 寺山武夫

(四)  被害車 普通乗用自動車(大阪五ろ二三六三号)

右運転者 原告

(五)  態様 信号待ち停車中の被害車後部に加害車が追突した。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任

被告雪印乳業株式会社(以下「被告雪印乳業」という。)は、乳製品の製造販売を営業目的とする会社であり、また、被告大一運送株式会社(以下「被告大一運送」という。)は、貨物運送を営業目的とする会社であるが、被告雪印乳業は、かねてから被告大一運送を自己の専属遠送業者として使用し、外観上自己の営業の一部である製品の運送を行わしめていたところ、被告大一運送は、本件事故当時その保有にかかる加害車により被告雪印乳業の製品を運搬中本件事故を惹起するに至つたものであり、したがつて、被告らは、いずれも加害車の運行供用者として本件事故により生じた人身損害について賠償する責任がある。

(二)  使用者責任

被告大一運送は、その営む前記事業のため前記寺山を雇用し、同人において同被告の業務の執行として加害車を運転中後に述べるような過失により本件事故を発生させるに至つたものであるから、本件事故による損害を賠償する責任のあることは勿論であるが、さきに述べた同被告と被告雪印乳業との業務上の関係よりすれば、被告雪印乳業も右寺山の惹起した本件事故についてはその使用者と同視できるものであり、右損害賠償責任を負わなければならないものである。

(三)  運転者の過失

本件事故は、加害車の運転者であつた前記寺山において加害車を運転進行するに際し、前方の注視を怠り、かつ、前方の被害車との間に適当な車間距離を保持していなかつた過失により惹起されたものである。

三  傷害の内容

(一)  傷害の部位、程度

頸部挫傷等

(二)  後遺症

頭痛等

四  物損の内容

原告所有の被害車が大破した。

五  損害額

(一)  休業損害 金一、五二〇、〇〇〇円

原告は、本件事故当時人夫数名を使用して鉄骨組立業を営み一日平均少くとも金八、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故に基づく受傷のため事故当日の昭和四四年八月二三日から昭和四五年二月二八日まで一九〇日間休業の止むなきに至つて金一、五二〇、〇〇〇円の収入を得ることができなかつた。

(二)  被害車破損による価値下落 金八〇〇、〇〇〇円

被害車は、本件事故当時金一、二四〇、〇〇〇円の価値があつたところ、本件事故による破損のため、被告大一運送において修理をしたが、完全に修理できず、その時価が金四四〇、〇〇〇円に下落したので、原告は、右差額金八〇〇、〇〇〇円相当の損害を被つた。

(三)  代車借上料 金一、三二六、〇〇〇円

被告らは、原告に対し破損した被害車の修理が完全に終るまでの間原告において借上げ使用する代車料として一日金七、〇〇〇円の金員を支払う旨約諾し、ここに原告は、事故翌日の昭和四四年八月二四日から昭和四五年二月二八日まで一八九日間代車を借上げ使用したので、被告らに対し右契約に基づく代車借上料金一、三二六、〇〇〇円の支払をも求める。

(四)  慰藉料 金二、〇〇〇、〇〇〇円

本件事故の態様、原告の被つた傷害の部位、程度、その他諸般の事情によれば、本件事故により原告が被るに至つた精神的苦痛を慰藉するには、少くとも前記金額の慰藉料の支払を受けなければならない。

(五)  弁護士費用 金一五〇、〇〇〇円

六、結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し本件事故に基づく損害の賠償として金五、七九六、〇〇〇円およびそのうち弁護士費用部分を除く金五、六四六、〇〇〇円に対する本件事故翌日の昭和四四年八月二四日から、うち弁護士費用部分金一五〇、〇〇〇円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年四月一四日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三答弁

請求原因第一項の事実は認める。

同第二項の各事実中、被告雪印乳業および被告大一運送が原告主張のとおりの営業を目的とする会社であることは認めるが、その余の事実は否認する。

請求原因第三、四、五項の事実は否認する。

同第六項は争う。

第四抗弁等

一  債務免除

被告大一運送は、本件事故により破損した被害車を完全に修理したうえ原告に引渡したところ、原告は、因縁をつけてこれを同被告のもとに持参置去りにして引取りを拒み、そのうち被害車のナンバープレートを取り外して持ち帰るに至つたものであり、これによれば、原告は被害車破損による損害賠償債務の免除をしたものである。

二  権利濫用

かりに、前項主張が容れられないとしても、原告において前記のような状況のもとで被害車破損による損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用に該当し、許されないものである。

三、相殺

被告大一運送は、原告において前記のように被害車の引取を拒否し、これを置去りにして帰つてしまつたため、止むなくこれを保管し、特に昭和四六年一月二一日以降同年五月一〇日までの間は原告のため一箇月金四、〇〇〇円の割合による保管料を支払つたうえ徳庵モータープールに保管を委託した。よつて、同被告は、原告に対し右立替支出にかかる保管料金六八、〇〇〇円の返還請求権を有するに至つたので、被告らは、本訴において右債権をもつて原告の被告らに対する本訴損害賠償債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をする。

第五抗弁等に対する答弁

抗弁第一、二、三項の事実は否認する。証拠〔略〕

理由

一  事故

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

被告大一運送が貨物運送を営業目的とする会社であることは当事者間に争いがなく、また、本件事故は、被告大一運送において右営業を遂行するため雇用していた前記寺山が同被告の業務の執行として加害車を運転中に惹起したものであることは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるところ、原告本人尋問の結果によれば、本件事故は、右寺山において加害車を運転進行するに際し、前方の注視を怠つていたため、前記場所交差点入口手前において信号待ちのため停車中の被害車の発見が遅れ、前記のとおり追突するに至つたことが認められるから、その発生につき同人の過失があづかつて力のあつたことは疑の余地がない。

そうすると、被告大一運送は、右寺山の使用者として同人が惹起した本件事故に基づく原告の一切の損害を賠償する責任があるものである。

つぎに、被告雪印乳業が乳製品の製造販売を営業目的とする会社であることは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕を綜合すれば、被告雪印乳業は、右乳製品製造のための原料の運搬ないし製造した乳製品販売のための運搬については、自社内に運搬を司る部門を持たず、その製造ないし販売部門においてそれぞれ専属の数社の運送会社に委託してこれを行い、本件事故当時被告大一運送は、右専属の運送会社のうちの一社に指定され、その保有にかかる車両を被告雪印乳業関西支社管内大阪支店の駐車場に駐車させ、同支店ほか同支社管内神戸、京都各支店各取扱の乳製品の輸送に当つていたこと、加害車は、本件事故当時その車体に被告雪印乳業製造販売にかかる乳製品名を表示し、同被告の飲乳を右大阪支店から管内の牛乳販売店に輸送中であつたことがそれぞれ認められる。

そして、右認定の事実によれば、被告大一運送は、かねてから被告雪印乳業の製品の一部につき専属的に運搬の委託を受けていたところ、加害車々体には、右運搬にかかる製品名が表示されていたうえ、被告雪印乳業大阪支店の駐車場に駐車させてあつたのであるから、加害車は、おおむね被告雪印乳業の運搬に用いられていたものということができるうえ、本件事故当時は、同被告の大阪支店からその飲乳をその管内の牛乳販売店に運搬中であつたのであるから、その運転をしていた被告大一運送の雇人である前記寺山は、同被告のほか、なお被告雪印乳業の指揮監督をも受ける立場にあつたことが窺われ、これよりすれば、被告雪印乳業と右寺山との間には使用者と被用者との関係に同視し得る関係があつたものと認めて妨げなく、ひいては、被告雪印乳業も前記のように寺山の過失により惹起された本件事故に基づく原告の一切の損害を賠償する責任のあるものである。

三  傷害の内容

〔証拠略〕を綜合すれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

原告は、本件事故の際の衝激により頭部を強打されるなどして頭部、頸部挫傷の傷害を被り、事故当日の昭和四四年八月二三日直ちに事故現場近くの南港外科に赴き、点滴注射、ポリネツクカラーの装着等による治療を受け、医師からは入院治療をすゝめられたが、当時行つていた鉄骨の製作、組立業の遂行が入院治療により妨げられることを嫌つて、そのまま帰宅し、その後県立尼崎病院に一週間足らずの期間通院して治療を受けたうえ、同年九月八日から昭和四五年五月二三日までの間三〇数回にわたりトヨタ病院に通院して治療を受けたが、その後においても天候の良くないときなどに気分が勝れない旨訴えている。

以上の事実が認められる。

四  物損の内容

〔証拠略〕によれば、原告所有の加害車は、本件事故によりその後部トランクが原形を留めないまでに破損したことが認められる。

五  損害額

(一)  休業損害

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時人夫一五、六名を使用し、前認定のように鉄骨の製作、組立業を行つていたが、本件事故により前記のような傷害を被つてからも、前認定のように医師から入院して治療することをすゝめられたにもかかわらず、右業務の遂行が妨げられることを嫌つてこれを断り、通院してする治療を受けていたことからも窺われるように、ある程度の苦痛をしのんでいたであろうことは疑の余地がないとしても、人夫多数を使用してする事業のことでもあり、一応事故前と大差なく右事業を行つていたことが認められ、原告においてその主張のように本件事故後右事業に従事できず、これにより得べかりし利益を喪失するに至つたことを肯定するに足りる証拠はない。

(二)  被害車破損による価値下落 金二三七、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、本件事故により前記のように後部を大破するに至つた被害車は被告大一運送において修理したが、修理の仕上りが良好でなく、トランクカバーの開閉に支障がある等の難点が残つたほか、事故車ということで、本件事故直前の時価が金八一三、〇〇〇円であつたのに、修理後のそれが金五七六、〇〇〇円に低下したと評価されるに至つていることが認められ、右認定の事実によれば、原告は、本件事故による被害車の破損により、その修理にもかかわらず差引金二三七、〇〇〇円相当の損害を被つているといわなければならない。

ところで、被告らは、原告は、被告大一運送において前記のように修理した被害車を因縁をつけて引取らず、同被告のもとに戻して放置し、そのうちナンバープレートだけを取り外して持ち去つたのであるから、被告らの被害車破損による損害賠償債務はこれを免除したか、あるいは、右主張が容れられないとしても、右事情によれば、原告の右被害車破損による損害賠償請求権の行使は、権利の濫用に該当し許されない旨主張するので、以下この点について検討すると、〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故により被害車が前記のように破損すると、被告大一運送に対し事故前の被害車と同程度の自動車を提供するよう要求したが、同被告は、自社内に自動車修理のできる設備をもつていたところから、被害車を自らの手で修理することとし、これを前記のように修理のうえ、原告に提供したところ、原告においては、前記のように同被告に対し被害車の修理を依頼したわけではなく、しかも、被害車の修理の仕上りが前記のように必らずしも良好ではなかつたため、被害車の引取りにつき難色を示し、同被告において持参した被害車を同被告のもとに突き返し、そのままにしておいたことが認められ、また、本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告は、その後被害車のナンバープレートを外して持ち帰つたことが認められるが、原告の右認定のような言動をもつて、被告ら主張のように原告において被害車破損により生じた被告らの損害賠償債務を免除したものとは未だ認め難いし、いわんや原告の右損害賠償請求権の行使をもつて権利の濫用に該当するものとは到底認め難く、他に被告らの右主張を肯定するに足りる証拠はない。

(三)  代車借上料

〔証拠略〕によれば、原告は、被害車の破損に伴い代車を借上げなければならないとして被告大一運送に対し一日金七、〇〇〇円の割合による代車借上料の支払を要求して交渉したところ、同被告においては原告に対し最終一日金五、〇〇〇円の代車借上料を支払うことを申し出たが、原告においてはあくまでも一日金七、〇〇〇円の支払を要求して譲らないでいたことが認められるが、原告において代車を借上げ、現にいくばくの出損をしたかについてはこれを肯定するに足りる証拠がない。

(四)  慰藉料 金三五〇、〇〇〇円

さきに認定した本件事故の態様、原告の被つた傷害の部位、程度、その治療に要した期間、原告において右傷害による苦痛に耐えながら稼働しなければならなかつたてと、その他本件にあらわれた一切の事情によれば、本件事故により原告が被るに至つた精神的苦痛を慰藉するに足りる金銭賠償額は、前記金額をもつて相当とすると認める。

六  相殺

被告大一運送において修理した被害車を引取ることを拒否したうえ原告が同被告のもとに突き返し、そのままにしておいたことは前認定のとおりであるが、同被告において右被害車を原告のためにモータープールに保管し、かつ、保管料を出損したことについてはこれを肯定するに足りる証拠がないから、被告らの相殺の主張は採用できない。

七  弁護士費用 金六〇、〇〇〇円

以上のとおりとすれば、原告は、被告ら各自に対し本件事故に基づく損害の賠償として金五八七、〇〇〇円の請求権を有するところ、被告らにおいて任意にその支払をしないため、弁護士に対し本訴の提起を委任し、その費用、報酬として金一五〇、〇〇〇円の支払を約諾していることは、〔証拠略〕を綜合してこれを認めることができるから、被告らは口弁護士費用のうち相当額をも本件事故による原告の損害として賠償しなければならないところ、右相当額は、本件訴訟の難易、その審理に要した期間、本訴請求額および認容額等よりすれば、金六〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

八  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金六四七、〇〇〇円およびそのうち弁護士費用部分を除く金五八七、〇〇〇円に対する本件事故翌日の昭和四四年八月二四日から、うち弁護士費用部分金六〇、〇〇〇円に対する本件訴状送達の翌日であること当裁判所に顕著な昭和四五年四月一四日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるからこれを認容しなければならないが、その余は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小酒禮)

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